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2016-05-16 とりあえず大学までは・・

 来週、中間テストだと言っているので、教えることができる範囲で教えている。中でも全く分からないと言っているのが、理科。物質の成り立ちを勉強しているようだが、このようなことは今考えると特段に考えることはないような気がするが、自分の当時ののんびりとしていた中学生のころを思い出すとやはりわからなかったのだろう。

 

 私の中学時代は神戸市で過ごしており、高校は同じ神戸市の公立高校で中ぐらい(中の下だったかも)のところに通っていた。公立と言っても有名な大学へ進学する人は皆無の高校であったため、いいように言えば、実にゆったりとした高校生活を送らせてもらった。自分の経験から、子供にはもう少しピリッとした環境である高校に身を置いてほしいから、とりあえずテスト勉強で聞かれたらできる限り教えることにしている。

 

 高校の後の将来の方向性が決まっていないなら、とりあえず大学までは頑張っていくほうがいいし、また同じ行くならやはり有名大学がいいと子供に言っている。有名は大学にはやはりいろいろな考え方をするおもしろい人が集まり、その中でいろいろな交わりをもつことで自分の見識が広がると思うからだ。自分の出身高校の悪口を言いたくはないが、やはり中くらいの人が集まるところには先を見据えるような考えをする人は少ない。

 

 などと書いているが、当の本人、今日は先生にちょっと言われた一言でやる気がなくなったと言って先ほど床に就いた。明日はしりを叩いたほうがいいのか。

 

 そいでは。

2016-05-14 子育ては1回限り

 水曜日の朝、中学生の子供が頭が痛いので学校を休むと言い出した。どうもズル休みのように感じていたため、後で考えるとかなりきついことを言ってしまったが、結局その日は休ませることに。1日中ごろごろと休んだからか、次の日の木曜日はいつもどおりぎりぎりの時刻だが普通に登校していた。

 

 夜、会社から帰ると妙に明るくなっていた。放課後に担任の先生と今回の同級生との件の話をして、話を聞いてもらったこととまた先生から彼に少し釘を刺してもらうことを約束したことで、ガスが抜けたようだ。

 

 改めて話しをしましたが、どうも同級生といざこざがあったらしい。その子は他の同級生からも煙たがられて、問題児らしいのです。自分でもある程度問題児であることを自認しているからか、部活が同じでありことから話しやすいと考えてか、ちょっかいをかけてくるとのこと。「相手にするな」とか、「ほっとけ」などと言ってしまいましたが、具体的にどうやってや対処すればいいかなどのアドバイスは全くできなかった自分が不甲斐なく感じた。とりあえず、話しをしてくれただけでもよかったのではと考えよう。

 

 金曜日の朝も普通に登校していきましたが、水曜日の朝に無理やりでも学校に行かさなくてよかったのか、あまり甘やかすのはいけなかったのではと反問しています。が、人生は長いのだからあまり根を詰めずに少し身を引き1日ぐらい休むこともできることを教えることになったかとも考えています。今、どちらの選択が正しかったのかは答えが出ないですが、子育ては1回限り、後悔のないようにとにかく考え続けたいと思います。

 

 そいでは。

2016-05-10 政治にも裁判員制度を導入すればいいのでは?

 最近のニュースでよく東京都知事の舛添さんの話があり、このとき市民感覚が欠如しているとのコメントを耳にする。また少し前の兵庫県議の件など、政治家の方は普通の市民としての感覚から少しずれている方が多いと考えさせられるニュースがよく流れている。

 

 ところで、「この度の司法制度改革の中で,国民の司法参加の制度の導入が検討され,裁判官と国民から選ばれた裁判員が,それぞれの知識経験を生かしつつ一緒に判断すること(これを「裁判員と裁判官の協働」と呼んでいます。)により,より国民の理解しやすい裁判を実現することができるとの考えのもとに裁判員制度が提案されたのです。」と裁判員制度の趣旨が裁判所のHPに掲載されている。この文章の中の司法制度を立法制度に、裁判員を議員などに呼び変えて同様の趣旨の制度を政治にも適用できないだろうか?

 

 そう、議員などは総数の半分くらいは抽選で一般市民から選べばいい。知事の場合は、副知事などのポストを抽選制すればいい。そうすれば裁判員制度と同じく、一般の方もより政治への関心と理解が深まり、政治家の方もより市民の目線に近づくのではないかと思った次第です。

 

 そいでは。

 

2016-5-09 子供に伝えたいこと

 上の子がもうすぐ中間テストだと騒いでいる。「勉強しろ」とは、自分の中学生の頃を思い出すとなかなか言いにくい。「夢や将来の目標を持って、それに向かって努力しろ」などとは恥ずかしくてこれまた言えない。今の自分にはこの夢や目標がないためだ。よくいろいろな方の本やブログを拝見させていただいた中で、「やりたいことが山ほどたくさんあって・・・」という文を見かけるが、自分にはこのやりたいことや目標がないのだ。なぜなのかは別の機会に考えていくこととして、とりあえず子供に対しては、「将来のメシの食い方を考えておけ、こんないい時代はいつまでも続かないぞ」と言っています。

 

 子供に伝えなければならないことを考えると、今の自分がいかに空虚なものかがわかります。「子を見りゃ親がよくわかる」とはよく言ったものです。

 

 そいでは。

 

2016-05-06 寺社に関して

 私は、神社やお寺巡りをやっています。神社やお寺には古くから残っている仏像や庭園などがあるところや最近のビルのようなものまでいろいろありますが、中でも今でこそ車が通れるような道が造られているけどよくこんなところまで建築資材を運んできたものだと言えるような人里離れた場所にひっそりと佇んでいるものが特に好きです。城でいうと山の上にある備中松山城のような感じのところです。

 

 ところで備中松山城は現存する天守がある城ということで高梁市などにより文化財としてきちんと管理されていますが、一方で山の中にある古い神社やお寺は、塗装がハゲているところや土壁が剥がれているところなど、経時的な劣化も散見されます。これらは趣があるといえば聞こえはいいけれど、どちらかといえば若干荒廃気味であるといったところも少なくないです。このようなことは、京都の有名な神社やお勧めパワスポなどと雑誌に紹介されたお寺のように黙っていてもたくさんの参拝客が訪れるところ以外では共通の問題と思います。

 

 日本国憲法には政教分離の原則があるため簡単にはいかないと思うのですが、国や地方公共団体は山の中にある神社や寺へ行くための道路などにどんどんお金をつぎ込むだけではなく、その一部でも神社やお寺そのものに日本の歴史、文化をもつ遺産の保護として支援すべきではないか、またこうすることが歴史的な建築工法などの伝承にも繫がるだけでなく、その地方の雇用の確保や将来の観光資源の育成にも成りうるのではと考える次第です。 

 

 そいでは。

 

  

2016-05-05 孔子の生きた時代

 孔子の生きた時代は、40歳頃になるとかなりの同年代の方が亡くなっており、生き残っている者は必然と年長者になり、それ相応のふるまいをしなくてはならなかったはずだ。ところで子供がこの春に中2となり、G/W後に所属の部活動に後輩が入部するといってここ最近急にしゃんとしてきている。人は上に立ち教える立場になるとそれ相応にいろいろ変ってくるものだろう。現代においては、40代以前に亡くなられる方はそれほど多くなく、惑ったときにも、さらに人生の先達である50代以上代の方にいくらでも教えを乞うこともできる。40代はまだまだ後輩である。今の人の年齢は昔に人の年齢にコンマ7~8掛けではないかと言われているが、これは人生における40代はまだまだ後輩でまたそれに甘えていることに起因していることも一部あると思う。

 

 もう一つ、四十にて惑わなくなるのは、人生の先輩にならしむべく、同年代の「死」の多さではないか。さすがに今でも40代ともなったらそれなりの数の「死」に遇うことになるだろうが、昔とは比べものにならないだろう。自分と同い年ぐらいの人がどんどん死んでいくのをみることで、「死」までの残された時間の中でできることに対して考えを整理しておかざるを得なくなり、惑ってなんていられなかったのでは・・・。

 

 これらように考えれば、40代で惑いをなくさなければならないのもなんとなくわかる。ただ孔子の生きた時代と背景は違えど、年齢に応じて成長することまたは変わることは重要だと思う。少しでも不惑に近づいていきたいものである。

 

 そいでは。

 

2016-05-02 人生は二毛作?

 「四十にして惑わず」とあるが、何に対して惑わされなければいいのだろうか?明確な答えは持ち合わせていないが、どこかで読んだ記事によると、かなりお歳を召された方々へ「人生において何をいちばん後悔していますか?」と問うたところ、大多数の方が「もっと冒険していればよかった」と答えられたそうです。そう、冒険とまではいかなくても、なにかわくわくするようなことが今ないために、また人生の最後でもやはり同じ後悔のような答えをだしてしまいそうと心の奥からの声に惑っているのではと思う。

 

 今、人生における方向性を見失っているようだ。外山滋比古氏の「50代から始める知的生活術」に提唱されている「人生二毛作」ように、40代から2回目の作つけの仕込みの種を考える時ではないかと。

 

 孔子の生きた時代は、80歳まで生きているひとはほとんどいなかったのではと思うが、現代の日本では約半数のひとがそこまで生きている。このため、五十にして知る天命と2回目の作つけの種とは意味合いが異なっているのではと思うが、大学時代の数年間の勉強だけで当時はその道しかなくこれで生きると考えていまの職に就いたのとは違い(別に今の仕事から離れたいなどではなく、サラリーマンである以上、有期のものであるからである)、これまでの経験を踏まえてこれから長い時間をかけて熟考した上の2回目の作つけの種は、天命とはいかなくてもこれに近いものにしたいものである。

 

 そいでは。